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民間月面探査プログラム HAKUTO-Rハクトアール

民間企業による月面探査計画

人類の月面探査は、20世紀にはアポロ計画など大規模な探査事業が実施されていましたが、その後は巨額の資金が必要な事や商業化の難しさから、各国政府によって小規模な科学探査が実施される程度に留まっていました。

しかし、近年ではロケット打ち上げコストの低下や技術の発展、国際共同のアルテミス月・火星探査計画の進展などを背景に、米国民間企業による月面探査・開発事業への参入が相次ぎました。そして2017年、日本でも民間宇宙ベンチャーispace(アイスペース)による商業月面探査・輸送計画「HAKUTO-R」の開始が発表されました。

ispaceとHAKUTO-R

HAKUTO-R(ハクトアール)は、ispace社によって計画された商業月面探査・輸送事業の総称です。これは元々2007年~2017年に企画されたGoogle社の月面探査車レースに向けて開発されたHAKUTO計画を拡大・発展させたもので、HAKUTO-Rの「R」は再起動(reboot)に由来しています。残念ながら月面探査車レースは、全ての参加予定者が月面に探査車を送り込めずに終了しています。

ispaceは日本本社の他に、米国拠点(ispace US)とルクセンブルク拠点(ispace EU)を持ち、東証グロース市場に上場している日本企業です。月面着陸機(ランダーとも呼ぶ)は日本・米国それぞれの拠点で開発され、ルクセンブルクはローバー(月面探査車)の開発を担当しています。

月面着陸機に搭載するペイロード(荷物)スペースの販売・月面探査データの販売・スポンサーからの収入等によって、商業月面探査・輸送サービスの成立を計画していますが、現在は大幅な累計赤字を計上しています。

HAKUTO-Rミッション1(終了)

HAKUTO-Rミッション1(以降M1)は、HAKUTO-R計画の第1弾として計画された月面探査の技術実証ミッションです。この計画では、月面まで様々なペイロード(荷物)を輸送できる月面着陸機Series1(シリーズワン)の開発が、ispace日本拠点主体で進められました。ペイロード(荷物)にはパートナー企業である日本特殊陶業の固体電池、アラブ首長国連邦の小型月面探査車、JAXAの変形型月面ロボット等々が搭載されていました。

Series1は総重量約1トン、搭載可能ペイロード30kgの比較的小型の月面着陸機です。このミッションは最初の技術実証ミッションである為、自社技術に拘らず、多くの外部パートナーと協力しています。

推進系のコンポーネントは欧州アリアングループから調達しており、キー技術である月面着陸誘導制御システムの開発は、アポロ宇宙船開発も担った米ドレイパー研究所が担当しています。これら月面着陸誘導制御システムの一部技術は、ispaceに技術移転されるとの事です。

Series1は2022年12月11日、米国のファルコン9ロケットにより打ち上げられ、無事予定の軌道投入に成功しました。Series1は順調に飛行を続け、3月には月周回軌道の投入に成功。そして4月26日、月面着陸を試みたものの、高度測定ソフトウェアの不具合によりSeries1は月面に激突、着陸機は大破しました。しかし着陸へ至る様々なデータ取得には成功しており、得られた情報は後続のミッションへとフィードバックされています。

HAKUTO-Rミッション2(ミッション実行中)

HAKUTO-Rミッション2(以降M2)は、M1同様の技術実証ミッションです。この計画に使用される月面着陸機RESILIENCE(レジリエンス)は、M1で使用されたSeries1とほぼ同一の機体ですが、M1からフィードバックされたデータをもとに、設定パラメータの変更等の改修が施されています。

月面着陸機自体はほぼ同一ですが、搭載しているペイロードは全て異なります。高砂熱学工業の月面用水電解装置など6つのペイロードを搭載していますが、一番の注目はTENACIOUS(テネシアス)と名付けられたマイクロローバー(月面探査車)です。

このローバーはルクセンブルク拠点で自社開発された総重量5kg、搭載可能ペイロード1kgの極めて小型のローバーです。ローバーに搭載されているスコップで月面の砂をすくい、月面初の商取引となるNASAへの譲渡や、ミニチュアハウスを月面に設置したりと様々なミッションが計画されています。

2025年1月15日、レジリエンスは米国のファルコン9ロケットによって打ち上げられ、無事予定の軌道に投入されました。2月15日には月でスイングバイを実施して低エネルギー遷移軌道への移行に成功、その後も順調に航行を続け5月7日、月周回軌道への投入に成功しました。現在は6月6日の月面着陸に向けて軌道を調整中です。成功すれば、アジアで民間初の月面軟着陸に成功した着陸機となります。

HAKUTO-Rミッション3(開発中)

HAKUTO-RはM2までは技術実証ミッションですが、続くミッション3から本格的な商業ミッションへ移行します。これにはレジリエンスの開発・運用データをもとに、アメリカ拠点(ispace US)が主導で開発する月面着陸機APEX1.0(エイペックス・ワンポイントオー)が使用されます。

APEX1.0はM2で使用されたレジリエンスより大幅に大型化した着陸機で、総重量5.4トン・最大ペイロード300kgとレジリエンス比で10倍以上のペイロードが搭載可能な仕様となっており、月面着陸誘導制御システムの開発はレジリエンスと同じく米ドレイパー研究所が担当しています。

メインエンジンには、ispace USと米Agile(アジャイル)社と共同開発するVoidRunnerの採用が決定しています。さらに月面着陸機とローバー(月面探査車)の双方に、英レスター大学と共同開発するラジオアイソトープヒーターユニットが搭載をされ、越夜機能の実証試験も計画されています。

メインペイロードとして、NASAの科学ミッション機器が搭載されており、月面上での実証試験が予定されています。他にも2機の通信リレー衛星Alpine(アルパイン)とLupine(ルーパイン)が搭載されており、これらは月面着陸前に月周回軌道へ投入される予定です。このリレー衛星は、ミッション4以降でも使用される予定との事です。またM2と同じくマイクロローバー(月面探査車)が搭載されおり、その概要は未発表ですがルクセンブルク拠点での自社開発が計画されています。

APEX1.0は2027年頃に打ち上げられ、月南極付近のシュレーディンガー盆地への着陸に挑戦する予定です。商用機であるAPEX1.0は量産も計画されており、続くミッション5・7でも使用される予定です。

HAKUTO-Rミッション4(開発中)

HAKUTO-Rミッション4として、レジリエンス(Series1含む)・APEX1.0に続くispace3つ目の月面着陸機Series3(シリーズ・スリー)の開発も進められています。大きさとしてはAPEX1.0と同規模で搭載可能ペイロードは数百kg、誤差100m以下の高精度着陸が可能な月面着陸機です。

メインエンジンとして、前述したAPEX1.0にも搭載されるVoidRunnerエンジンが搭載される予定です。APEX1.0との大きな違いは、Series3が日本拠点主導で開発される事です。この開発プロジェクトは、経済産業省の中小企業イノベーション創出推進基金フェーズ3に採択されており、最大120億円の補助金が支給される事になっています。これにより、主要技術の内製化率向上が期待されます。

搭載予定のペイロードとして、月着陸前に月周回軌道で分離される「テラヘルツ波リモートセンシング衛星」の搭載が決定しています。順調に開発が進めばSeries3ランダーは2027年頃、H3ロケットにより打ち上げられる見通しです。このSeries3ランダーは量産が計画されており、ミッション6・8でも使用される予定です。

UPDATE:2025年5月24日

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