民間SAR衛星Synthetic Aperture Radar
SAR衛星とは
地上を観測する衛星には大きく2つに分類されます。1つは可視光で地球を撮影する光学衛星、これは要するにデジタルカメラです。もう1つは電波を使って地球を撮影するSAR(サー)衛星です。このページでは後者のSAR衛星(=合成開口レーダー衛星)について説明します。(光学衛星についてはこちら)
SAR衛星とは電波で地表面・海面を撮影する人工衛星で、雲を透過し悪天候時や夜間でも撮影可能な地上観測衛星です。光学衛星と比較すると鮮明度が劣る分、常時観測可能な事が利点です。
SAR衛星は大型で多額のコストがかかる為、開発・運用はほとんど政府機関によるものでした。主なSAR衛星には、内閣府が運用する情報収集衛星やJAXA(日本政府の宇宙開発機関)が運用している大型SAR衛星だいち2号・4号(ALOS-2・4)があります。しかし最近では技術革新により小型SAR衛星の製造が可能となっており、日本でも民間宇宙開発ベンチャーであるQPS研究所やSynspective社が小型SAR衛星を複数打ち上げ・運用しています。
SAR衛星は何に使われるか?
SAR衛星は宇宙空間から広大な領域を一度に観測する事により、都市計画に必要な測量、物流やインフラ・原油貯蔵量の把握など、様々な分野のビジネスでの利用が期待される他、地盤沈下・地震・洪水・土砂崩れ等の災害被害の状況把握にも大きく貢献します。
中でも最も期待される需要は、防衛関連需要です。これは日本領内からでは遠すぎて見えないミサイル基地など脅威対象の偵察が、SAR衛星では可能だからです。特に低速・大型構造体である脅威艦船の捜索・追尾には、SAR衛星が極めて有効であると考えられます。
これらは極めて広範囲を短い間隔で撮像する必要がある為、多大なコストが掛かります。しかし主要国の防衛予算は極めて大きく、また民間企業と違って利益を出す必要がない為、桁違いの撮像需要が発生するものと考えられます。
どんなSAR衛星は優れているのか?
SAR衛星の評価項目は色々ありますが、やはり重要なのは分解能です。どれくらい小さいな物を見分けられるか?という指標です。1mの分解能があれば、1m程度の物体がそこに存在するが分かります。分解能が高ければ高いほど、より小さなものが識別できます。(分解能1mは、分解能3mよりも分解能が高いと表現します)
他にも撮影範囲・頻度や製作・運用コスト等や稼働率も、SAR衛星を評価する上で大変重要な項目です。最近では大型の人工衛星ではなく、「衛星コンステレーション」と呼ばれる複数の小型衛星を協調動作させて運用されるシステムを構築する場合が多く、地球観測衛星の衛星コンステレーションは撮影頻度の向上が期待できます。
QPS研究所
QPS研究所は、東証グロース市場に上場している九州発の宇宙開発ベンチャー企業です。QPS研究所は170kg前後の小型SAR衛星QPS-SAR(キューピーエス・サー)を開発・運用しています。事業は小型SAR衛星の開発・製造に特化しており、データの解析・ソリューションや衛星運用等は大株主であるスカパーJSATとの協業によって実施されています。
QPS研究所は福岡市に新拠点QーSIPを開設し、QPS-SARを年産4機体制から年産10機体制への拡張し、2028年5月までに24機体制の構築を目指しています。将来的にはSAR衛星36機による衛星コンステレーション構築を目指しており、完成時には地球のどの地点でも平均10分に1回撮影できる様になる見込みです。
2024年12月07日現在、QPS-SARは2機(7・8号機)が軌道上で運用されています。これらQPS-SARは分解能46cmという、高い観測精度を有しています。3号機以降の商用機には、1・2号機と比較して追加の太陽電池・バッテリー・軌道上画像化装置・衛星間通信装置・軌道制御用の電気推進スラスターが追加搭載され、様々な機能向上が図られています。
但し3・4号機は打ち上げ失敗につき喪失、6号機は推進スラスター異常により2024年に大気圏突入して喪失。5号機も機能不全を起こしており、実際に稼働しているのは7・8号機の2機のみとなっています。
QPS研究所は様々な官公庁の支援を受けており、主だったものでは高分解能・広域観測を実現する小型SAR開発事業に、経済産業省から最大41億円の補助金が交付される予定です。この次世代小型SAR衛星の開発はJAXAとの共同で進められており、2027年頃の打ち上げ・軌道上実証が計画されています。
JAXAとの共同開発案件は他にも複数あり、一例として「オンボードPPP」装置が、2025年に打ち上げられるQPS-SAR10号機に搭載される予定です。これは干渉SARサービスの画像精度向上等を目的として、軌道上で高精度単独測位が可能となる装置です。
また防衛省よりSAR衛星の試作・打ち上げを70億円で受注しており、このSAR衛星は衛星間光通信機能や、より高度な軌道上画像処理機能を有するものとされています。このSAR衛星は防衛省が初めて所有するSAR衛星となる見込みで、2027年頃の打ち上げが計画されています。将来的には、このタイプの小型SAR衛星の量産も期待されるところです。
最近では宇宙戦略基金の商業衛星コンステレーション構築加速事業に、「小型SAR衛星の量産加速化及び競争優位性確立に向けた機能強化」という課題名で採択されており、67億円以上の補助金交付が予想されます。
Synspective
日本の宇宙開発ベンチャーSynspective(シンスペクティブ)社は、100kg級の小型SAR衛星StriX(ストリクス)を開発・運用しています。Synspective社は2024年12月に東証グロース市場に上場する予定です。上場後は協業先である三菱電機が筆頭株主となる予定で、これはSynspectiveの大きな強みになると考えられます。
撮影画像の解析・ソリューション事業を内製化しており、これはQPS研究所との大きな違いとなっています。Synspectiveは神奈川県大和市に新工場を開設し、2020年代後半を目標に30機体制の衛星コンステレーションを完成させ、高頻度観測体制の構築を目指しています。
これまで実証機(StriX-α・β)・第2世代機(StriX1~3)・第3世代機(StriX4~)を開発しています。詳細な情報は公開されていませんが、最新の第3世代機は第2世代機と比較して撮像キャパシティが増大しており、一日に最大40枚撮像する事が可能になっています。
2024年12月07日現在、StriX4機(1・3・4号機)が軌道上で運用されており、これらは最大で46cm×25cm分解能という高度な観測能力を有しています。これまで打ち上げた全てのStriXは、ほぼ計画通り稼働しているみられ、高い信頼性を示しています。
QPSと同じく官公庁の支援を受けており、SBIRフェーズ3に干渉SAR能力が強化されたSAR衛星2機を打ち上げる事業が採択され最大41億円の交付が予定されている他、2024年8月には防衛省と契約した「安全保障用途に適した小型SAR衛星の宇宙実証」事業の一環として、StriX-4の運用を開始しています。
2024年11月には宇宙戦略基金の衛星コンステ加速化事業に、「小型SAR衛星の量産・打上げと段階的性能向上」という課題名で採択されており、67億円以上の補助金が交付されると思われます。
日本のSAR衛星比較
JAXAのSAR衛星は単機で広範囲をカバーする事を目的としていますが、民間のQPS研究所・Synspectiveは小型・多数運用を前提とした衛星コンステレーションで運用されています。
SAR衛星名 | QPS-6号機 | StriX-1 | ALOS-4 |
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運用 | QPS研究所 | Synspective | JAXA |
運用時期 | 2023年~ | 2022年~ | 2024年~ |
周波数 | Xバンド | Xバンド | Lバンド |
重量 | 170kg | 100kg級 | 3,000kg |
分解能/観測幅 [高精細モード] |
46cm/7km×7km | 46cm×25cm/10×3km | 1m×3m/35km |
分解能/観測幅 [広域モード] |
0.46m×1.8m/7km | 2.6m×3.6m/20km | 25m/700km |
注意:①分解能はグランドレンジ基準です。