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地球観測衛星 その3[SAR衛星]Synthetic Aperture Radar

SAR衛星とは

SAR(サー)衛星は地球観測衛星の2種類のうちの1つで、電波を使って地球を撮影する人工衛星です。合成開口レーダー衛星とも呼ばれます。(光学衛星についてはこちら)

SAR衛星は電波で地表面・海面を撮影することができ、雲を透過し悪天候時や夜間でも撮影可能です。一方、太陽光の反射を利用する光学衛星と比較すると、判読度が劣る・消費電力が多いなどの欠点はあります。

主なSAR衛星には、内閣府が運用する情報収集衛星やJAXA(日本政府の宇宙開発機関)が運用している大型SAR衛星だいち2号・4号(ALOS-2・4)があります。しかし最近では技術革新により100~200kg程度の小型SAR衛星の製造が可能となっており、日本でも民間宇宙開発ベンチャーであるQPS研究所やSynspectiveが小型SAR衛星を複数打ち上げ・運用しています。

SAR衛星は何に使われるか?

SAR衛星は宇宙空間から広大な領域を一度に観測する事により、都市計画に必要な測量、物流やインフラ・原油貯蔵量の把握など、様々な分野のビジネスでの利用が期待される他、地盤沈下・地震・洪水・土砂崩れ等の災害被害の状況把握にも大きく貢献します。

中でも最も期待される需要は、防衛関連需要です。これは日本領内からでは遠すぎて見えない脅威対象の偵察が、SAR衛星では可能だからです。特に低速・大型構造物である脅威艦船の捜索・追尾には、SAR衛星が極めて有効であると考えられます。

これらは極めて広範囲を短い間隔で撮影する必要がある為、多大なコストが掛かります。しかし主要国の防衛予算は極めて大きく、また民間企業と違って利益を出す必要がない為、桁違いの撮影需要が発生するものと考えられます。

QPS研究所

QPS研究所は、東証グロース市場に上場している九州発の宇宙開発ベンチャー企業です。QPS研究所は170kg前後の小型SAR衛星QPS-SAR(キューピーエス・サー)を開発・運用しています。事業は小型SAR衛星の開発・製造・運用に特化しており、データの解析・ソリューションや衛星運用等は大株主であるスカパーJSATとの協業によって実施されています。

このSAR衛星コンステレーションを構築する為、資本市場からの資金調達の他、経済産業省やJAXAから強い財政支援を受けています。最近では政府の宇宙戦略基金の商業衛星コンステレーション構築加速事業に「小型SAR衛星の量産加速化及び競争優位性確立に向けた機能強化」という課題名で採択されており、2年間で最大85億円が交付されることが決定しています。

最も注目される事業は、防衛省から受注した「宇宙領域の活用に必要な共通キー技術の先行実証に向けた衛星の試作」事業です。このSAR衛星は衛星間光通信装置や、より高度な軌道上画像処理機能を有するものとされています。この衛星は防衛省が初めて所有するSAR衛星となる見込みで、2027年頃の打ち上げが予定されています。将来的には、この衛星の量産が期待されており、この受注はQPS研究所にとって大変重要な事業であると考えられます。

QPS-SARについて

2025年04月19日現在、QPS-SARは3機(7・8・9号機)が軌道上で運用されています。これらは分解能46cmという、高い観測能力を有しています。3号機以降の商用機には、1・2号機と比較して追加の太陽電池・バッテリー・軌道上画像化装置・衛星間通信装置・軌道制御用の電気推進スラスターが追加搭載され、様々な機能向上が図られています。

但し3・4号機は打ち上げ失敗につき喪失、6号機は推進スラスター異常により2024年に大気圏突入して喪失。5号機も機能不全を起こしています。これらの問題の為、SARコンステレーション構築に遅れが発生しましたが、2024年に新製造拠点QーSIPが稼働。前述の不具合に対策を施した改良型SAR衛星の打ち上げを順次進めています。

新拠点では生産能力を大幅に強化し、今後早期に年産6機体制を構築することが進められています。2028年5月までにQPS-SAR24機、将来的には36機による衛星コンステレーション構築を目指しており、完成時には地球のどの地点でも平均10分に1回撮影できる様になる見込みです。

機能面でも継続的なアップグレードが計画されおり、公表されている範囲では、10号機に干渉SARサービスの画像精度向上等を目的としたオンボードPPP(軌道上高精度単独測位)装置が試験搭載される予定です。また既存のQPS-SARとは大きく異なる、広域観測が可能となるDBF(デジタル・ビーム・フォーミング)装置・新型アンテナ・衛星間光通信装置を搭載した次世代QPS-SARの開発も進められています。これらの技術開発はJAXAの支援を受けて、共同で進められています。

Synspective

日本の宇宙開発ベンチャーSynspective(シンスペクティブ)は、100kg級の小型SAR衛星StriX(ストリクス)を開発・製造・運用しています。Synspectiveは2024年12月に東証グロース市場に上場しました。上場時には三菱電機の出資を受け入れて筆頭株主となっており、これはSynspectiveの大きな強みになると考えられます。QPS研究所との違いは撮影画像の解析・ソリューション事業を内製化していることです。

QPS研究所と同じく官公庁の支援を受けており、経済産業省の中小企業イノベーション創出推進基金から、干渉SAR能力が強化されたSAR衛星2機を打ち上げる事業が採択され、最大41億円の交付が予定されている他、2024年8月には防衛省から受注した「安全保障用途に適した小型SAR衛星の宇宙実証」事業の一環として、StriX-4の運用を開始しています。

2024年11月には、政府の宇宙戦略基金の衛星コンステ構築加速化事業に「小型SAR衛星の量産・打上げと段階的性能向上」という課題名で採択されています。これは約2年間で最大約165億円という極めて巨額の支援となっており、急速な事業拡大が期待されます。

StriXについて

2025年04月19日現在、StriX4機(1・2・3・4号機)が軌道上で運用されており、これらは最大で46cm×25cm分解能という高度な観測能力を有しています。これまで打ち上げた全てのStriXは、ほぼ想定通り稼働しているとみられ、高い信頼性を示しています。

StriXは大きく3世代に分類され、実証機の第1世代(StriX-α・β)・先行量産機の第2世代(StriX1~3)・量産機の第3世代(StriX4~)と、段階を追って堅実に開発が進められました。公開されている範囲では、StriX-βから推進装置が追加、StriX-1からはバッテリーの改良やダウンリンク速度の高速化が図られています。

現在量産が進められている最新の第3世代機は、1日の撮影枚数が15枚から40枚に大幅にアップしています。詳細は不明ですが、バッテリーや推進装置の改良が施されている事が予想されます。

2024年09月には新量産拠点「ヤマト・テクノロジーセンター」が稼働。2026年頃を目処に、年産12機体制まで大幅に生産能力が拡大される予定で、2020年代後半には30機体制の衛星コンステレーションを完成させる事を目指しています。

StriXシリーズは第3世代機の完成で大幅なアップデートはひと段落し、この機体が大量生産される予定です。今後は前述した宇宙戦略基金などの資金を活用して、軌道上画像化装置・衛星間通信装置・軌道制御自律化技術など様々な技術開発が進められる予定です。

防衛省の衛星コンステレーション構築計画

防衛省は2025年度からスタンドオフ防衛能力の確立の為、地球観測衛星コンステレシーョンの構築を計画しています。これらは光学衛星・SAR衛星・地上システムから構築されており、予算の大部分はSAR衛星からの画像取得に割り当てられると考えられます。

この事業はQPS研究所やSynspectiveにとって極めて重要な事業となります。実施事業者の選定は2025年12月頃が予定されており、動向が注目されます。

UPDATE:2025年4月20日

日本のSAR衛星比較

JAXAのSAR衛星は単機で広範囲をカバーする事を目的としていますが、民間のQPS研究所・Synspectiveは小型・多数運用を前提とした衛星コンステレーションで運用されています。

SAR衛星名 QPS-SAR-7 StriX-4 ALOS-4
運用 QPS研究所 Synspective JAXA
運用時期 2024年~ 2024年~ 2024年~
周波数 Xバンド Xバンド Lバンド
重量 170kg 100kg級 3,000kg
分解能/観測幅
[高精細モード]
46cm/7km×7km 46cm×25cm/10×3km 1m×3m/35km
分解能/観測幅
[広域モード]
0.46m×1.8m/7km 2.6m×3.6m/20km 25m/700km

注意:①分解能はグランドレンジ基準です。

主な参考ページ

宇宙探査機

人工衛星

宇宙船

宇宙ステーション