軌道上サービス機-その3[スペースデブリ除去衛星]Space debris removal
スペースデブリとは何か?
スペースデブリ除去衛星はスペースデブリを捕獲、あるいは減速させて大気圏に突入させることにより、軌道上から除去する事ができる軌道上サービス機です。
スペースデブリとは、宇宙空間に存在する「機能停止、あるいは制御不能の人工衛星」「打ち上げに使用されたロケット上段部」、あるいはそれらの破片のことをいいます。つまり人類が作り出した宇宙空間に漂うゴミ(=デブリ)です。2022年時点でその数は、大きさ数十cm以上のものは数万個、数mm以上のものは数億個あるとされています。
2025年06月現在、民間で実用化されたスペースデブリ除去衛星はなく、日本ではAstroscale(アストロスケール)やOrbital Lasers(オービタルレーザーズ)など、複数の企業が様々なタイプのデブリ除去衛星を開発中です。
なぜスペースデブリを取り除く必要があるのか?
それは、それらが超高速、およそ時速10,800~28,000kmで地球周辺を飛ぶ危険物だからです。ネジ1個のデブリでも人工衛星に衝突すれば破壊され、宇宙飛行士に衝突すれば致命的な影響が出ます。しかもデブリは人類の宇宙進出の拡大に伴って、急速に増大し続けています。
現時点でデブリが多くあるとはいえ、広い地球軌道上では人類の宇宙進出を妨げてる程ではありません。但しこのまま状況を放置すると、他の衛星・宇宙船・宇宙飛行士に衝突する惨事が続発したり、デブリが多くなりすぎて新規ロケットの打ち上げも、ままならなく成るかもしれません。地球軌道上のデブリを除去することは、人類が宇宙空間へ進出し続けるために非常に重要な仕事です。
軌道上の危険な人工物を軌道上から除去するサービスは2種類に分けられます。ややこしいですが、人工衛星がスペースデブリ化する前に対処するのがEOLミッションで、スペースデブリ化してしまった物体の除去するのがADRミッションとなります。
- EOL(エンド・オブ・ライフ)
- 人工衛星等がミッション・サービスを終了後、「スペースデブリ化する前」に地球軌道上から除去するサービスです。除去対象にはまだ制御能力を有している衛星、あるいはドッキングプレート等、予め捕獲用の機器が搭載された衛星です。
- ADR(アクティブ・デブリ・リムーバル)
- スペースデブリ化したロケットの残骸や、制御されていない人工衛星を地球軌道から除去するサービスです。除去対象は自らの位置を発信していない・コントロールされていない、軌道からの除去に対応していない非協力物体です。
次項から、日本のアストロスケールやオービタルレーザーズが開発、あるいは開発中のEOL(デブリ化防止)衛星・ADR衛星(スペースデブリ除去)衛星を紹介していきます。
ELSA-d(エルサ・ディー)
ELSA-dは、アストロスケールが開発したEOL(デブリ化防止)技術実証衛星です。デブリ除去に必要なRPO技術の実証を目的とした機体で、本体である捕獲機と、小型模擬デブリで構成されており、総重量200kg弱の小型衛星です。
ELSA-dは2021年3月に打ち上げられ、同年8月に軌道上で模擬衛星を分離・捕獲する試験捕獲に成功。その後、次の自立捕獲の試験中に推進システムが故障し、再捕獲を断念しました。ミッションは2024年1月に終了しましたが、自機センサーを活用した相対航法技術など、様々なRPO技術や運用データを獲得することに成功しました。
ADRAS-J(アドラス・ジェイ)
ADRAS-Jは、アストロスケールが開発したADR(スペースデブリ除去)技術実証衛星です。ELSA-dに続くアストロスケールのRPO技術実証衛星で、JAXAのCRD2プロジェクト(商業デブリ除去実証事業)フェーズ1に採択されています。総重量約150kgの小型衛星で、実際にデブリ捕獲・除去は行わず、後述する実際にデブリ除去を行うCRDプロジェクトフェーズ2に必要な技術や運用データの取得を目的としています。
ADRAS-Jは2024年2月に打ち上げられ、絶対航法・相対航法を駆使して対象デブリであるH-2Aロケット15号機第2段ステージに接近。5月には相対距離50mを保ちながら対象の定点観測に成功。6月には360度周回観測にも成功、さらに11月には相対距離15mまで接近することに成功しました。
幾度かの対象デブリへの接近過程で、複数回の自律的なアボート(緊急回避行動)プロセスも実証することに成功し、CRDフェーズ1を完了しています。2025年06月現在もADRAS-Jは軌道上を航行中で、エクストラミッションの実施可能性を考慮し、軌道上で待機しているものと思われます。
ELSA-M(エルサ・エム)
ELSA-Mは、アストロスケールが開発中のEOL技術実証衛星です。ELSA-dの機能拡張版で、化学推進エンジンを搭載している点や、対象を磁石で捕獲する方式に変更はありませんが、長距離を効率的に移動するために電気推進エンジンが追加されています。この軌道上実証事業は、欧州宇宙機関(ESA)のサンライズプログラムにおいてワンウェブ社(欧州)に提供された資金を基づき、アストロスケールが受託した事業です。
除去ターゲットはワンウェブ社の通信衛星3機で、いずれも磁気ドッキングプレートを搭載済みです。ELSA-Mはアストロスケール英国拠点主体で開発が進められており、運用も英国で実施されます。ELSA-Mは、2026年頃の打ち上げが予定されています。
なお同機のサービス対象となるEOL用ドッキングプレートが搭載された人工衛星は、2024年3月時点で軌道上に568機存在するとのことです。
COSMIC(コズミック)
COSMICは、アストロスケールが開発中のADR技術実証衛星です。前述のELSA-Mと同一の衛星プラットフォーム(衛星基本機能モジュール)をベースに、デブリ捕獲用のロボットアームが追加されています。回転するデブリを安定化させるために、スラスター噴射で対象の姿勢を制御する実証も計画されています。ELSA-M同様にアストロスケール英国拠点で開発・製造が進められており、運用も同拠点で実施されます。
同機は、英国のスペースデブリ化した衛星2機を軌道上から除去する英国宇宙庁のミッションの為に開発が進められていますが、現時点でアストロスケールは最終フェーズ契約を獲得できていません。スイスのクリアスペース社と最終契約を競り合っており、開発が中止される可能性があります。最終フェーズ契約が獲得できた場合は、2027年頃の打ち上げが予定されています。
ADRAS-J2(アドラス・ジェイツー)
ADRAS-J2は、アストロスケールが開発中のADR技術実証衛星です。前述したISSA-J1と同じ衛星プラットフォームをベースに、デブリ捕獲用のロボットアームやJAXAが開発中の高効率電気推進エンジンであるホールスラスタの搭載が予定されています。3トン程度のロケット上段ステージの大型デブリを、ロボットアームで捕獲して減速、実際に軌道上から除去します。
この衛星開発事業はJAXAのCRD2フェーズ2に採択されており、最大114億円の補助金交付が決定しており、日本拠点での開発が進められています。打ち上げは2027年頃が予定されています。
CAT-IOD
CAT-IODは、アストロスケールが開発中のADR技術実証衛星です。ESA(欧州宇宙機関)のADR実証プロジェクト用の衛星で、EU(欧州連合)のコペルニクスプログラムの地球観測衛星を対象としています。ELSA-Mと同一の衛星プラットフォームをベースに、COSMICとは別の捕獲アームを搭載します。
アストロスケール英国拠点で開発が進められていますが、現時点で受注しているのは初期フェーズのみです。競合も存在していると考えられ、最終フェーズまで進めるか不透明です。
Orbital Lasers ADR実証機(仮称)
Orbital Lasers(オービタルレーザーズ)が開発中のレーザー減速型ADR技術実証機です。レーザーで対象デブリを減速させ、大気圏突入によりデブリを除去を企図した衛星です。レーザーといっても、一瞬で対象物を破壊・減速させるような出力はなく、100~200kg位の小型テブリに対し数十ワットクラスのレーザーを数か月~数年かけて照射し、対象物を軌道から除去します。
2027年後頃の打ち上げ・軌道上実証が計画されており、順調に進めば2029年頃に商業サービス開始が予定されています。
以上が、現在日本企業が手掛ける主な EOL・ADR プロジェクトの概要です。次のページでは寿命延長衛星について解説していきます。
主な参考ページ
- Astroscale
- Astroscale有価証券報告書[2024/07/30]
- AstroscaleFY2025決算解説資料[2025/06/13]
- CRD2
- 商業デブリ除去実証CRD2の実施状況について[2024/11/22]
- 商業デブリ除去実証(CRD2) フェーズI について
- COSMIC フェーズ2の契約完了[2025/05/27]
- CAT IODミッションにおけるアストロスケールの役割[2025/02/18]
- CAT-IOD フェーズ A のプライムコントラクターとしての契約獲得[2025/01/21]
- CAT-IODミッション[2024/12/12]
- オービタルレーザーズ
- 衛星姿勢軌道制御用レーザー開発研究チーム
- スカパーJSATや理研らが挑むレーザー衛星とは[2021/01/25]
- 宇宙交通管理(旧スペースデブリ)に関する関係府省等タスクフォース大臣会合